| 考えることを止めてはならない。しかし、時に休憩も必要である。 日々感じたこと・考えたことを中心とした自由なメモです。 | ||
| 更新の記録 | アメリカ | 公民権運動 | 記憶 | ラグビー | 野球 | 考えてみたこと | 書評 | 未分類 | |
▼ ブログ内検索
▼ RSSフィード
▼ リンク
▼ By FC2ブログ
| |
|
思考と休憩の日記
| ||
| ≪2008.06 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 2008.08≫ | ||
|
▼ プロフィール
Author:Pioneering Horse ▼ 最近の記事
▼ 最近のコメント
▼ 最近のトラックバック
▼ 月別アーカイブ
▼ カテゴリー
▼ FC2カウンター
▼ ブロとも申請フォーム
|
「 2008年07月 」 の記事一覧
進展見えぬ北朝鮮をめぐる諸問題
6者協議でも進展は見られなかった。
今日の朝日の社説の書き出しはこうだ。 北朝鮮の動きは鈍すぎる。 まったくもってその通り。 ただし、記事そのものはあまり積極的に評価できるものではありませんでした。 検証の必要性を説いたものだが、あまり急ぎすぎてもいけないとしており、力に欠ける。 社説そのものが北朝鮮をめぐる諸問題の複雑さを表現しているようだった。 考えてみたこと Comment(0) TrackBack(0) Top↑ 2008.07.24 Thu落ち着かない
最近、やたら地震が多くてなにか落ち着きません。どうしたものでしょうか。
日本に住んでる限り、地震とは付き合っていかなければならないみたいですね。 未分類 Comment(0) TrackBack(0) Top↑ 2008.07.23 Wed読書感想文
今日はちょっと更新できないかもなんて思うと、連続で更新をさぼってします。悪い癖です。
それでは、今日の話題をひとつ。最近、インターネットの記事のコピペ(コピー&ペースト)が大学生のレポートに留まらず、とうとう小学生の読書感想文にまで及んでいるとの話題を聞きました。しかも、「自由に使える読書感想文〜読書感想文をさっさと片付けて、夏休みをエンジョイしよう!!」なんてサイトまであるらしいです。呆れるばかりです。本来なら、ネットの利用について書こうと思ったのですが、話が堅くなるので、堅くしか表現できないのも問題ですが、今日はそのページを覗いてみた感想を書いてみたいと思います。 その対象は、夏目漱石『こころ』にしたいと思います。それというのも、私自身この『こころ』には少し思い入れがあるからです。所謂、愛読書ですかね。理由を簡単に挙げると、読むたびに発見がある、といったものです。何かの節目には読むことが多いですかね。ただの三角関係、弱い男の人生、考えすぎた男たち、男の友情、明治という時代の男の自我、などとその時々に色々な感想を持ったものです。こう少し挙げてみると、私の「読み」に共通するところはマスキュリニティー(男性性)かもしれませんね。 私の話はこのくらいにして、問題のサイトの『こころ』の感想文を二つ紹介したいと思います。どちらの感想文も原稿用紙5枚で対象は、お勉強のできる中学生〜高校生となっています。 まず、一本目。こちらの内容は、小学校時代の夏休みに、夏休み明けに転校してしまった友達との約束を破って女の子と遊びに行ってしまった経験の後悔を、『こころ』に置き換えて綴った内容でした。その経験が原稿用紙のほとんどを占めており、肝心の『こころ』との関係が見えにくいものとなっています。締めくくりに、(『こころ』と向き合って)得た回答は「友達を裏切ったことを一生後悔しなさい」だったのかもしれません。とあるだけです。ここは、いかにも中高生らしい。しかし、文章全体の構成力とその最後の文にギャップを感じました。自分の体験に置き換えるのは、なかなか難しいと思います。ここまで出来ていて、最後の感想が上記の感想ではちょっと物足りない気がします。先入観が先行してしまっている気はしますが、大人が書いた文章を最後を子供らしくごまかした、ようにも見えました。 次に、二本目。こちらは、ちょっとズルい。父との会話の中から、感想は難しくてよくわからなくていいんだ、それだけ読み返す価値のある作品なんだ、といった方向に向かっていく感想文でした。その内容のほとんどは、父との会話に終始しています。しかもその中で、父が解説役を担っているのです。一本目はなかなか書けるものじゃない、と評しましたが、こちらは、日本にこれだけのモノを書ける中高生がどれだけいるのだろう?と思わせる内容でした。内容は、私にとってはつまらないものですが、その構成力がすごい。おそらく、大部分の中高生にとって明治時代の男の自我、なんて問題を考えることはなかなかできないでしょうから、この感想文は非常に正直なものだと思います。ただし、ここまで構成できるかどうかが問題ですね。 と、二本の感想文の感想を偉そうに書いてみましたが、私自身の文章の構成力は問題ですね。もう少し、うまく書けないものかと。。。また、中高生の力を過小評価してるかもしれませんね。おそらくそれは、自身がたいした感想文を書けていなかったことや思考ということを知らなかったことに原因があるのでしょう。機会があれば、コンクールの受賞感想文なんてものも読んでみたいものです。 「読書感想文」「こころ」と検索してこのサイトへ来てしまった中高生へ 読書感想文は自分で読んで、下手糞でもいいので正直に書くことです。普段の生活を知っている 先生は、ごまかしなど簡単に見抜くはずですよ。 考えてみたこと Comment(0) TrackBack(0) Top↑ 2008.07.18 Fri野茂の引退
野茂がとうとう引退しましたね。
わかっていたことですが、非常に残念な気持ちと寂しい気持ちになります。 あの不死鳥のごとく復活する野茂が見れなくなると、思うと残念で仕方がありません。 ジョニー(黒木)や桑田の引退に野茂の引退。野球に没頭していた時代に好きになった選手が 次々と引退していきます。私の本当に好きな選手で残っているのは、もう広島の前田くらいです。 今シーズンは先発出場もきわどい状況(これには納得できません)ですが、 まだまだ頑張ってもらいたいです。 最近あまり野球を観ていないせいかもしれませんが、 本当に人を惹きつけられる選手が国内に少なくなってきているような気がします。 もちろんその背景には、メジャー志向が強くなってきていることや野球人気の低下があるのでしょう。 はやりここは球界の盟主であるべき巨人に頑張ってもらいたいところです。 上原しっかりしろ!二岡何やってるんだ!!ヨシノブ魅せろ!!! そして個人的には、清水頑張れ!原監督、清水をコンスタントに使ってください。 彼は代打じゃなくて、シーズンを通じて結果を残すタイプだと思います。 野球 Comment(0) TrackBack(0) Top↑ 2008.07.17 Thu失敗から学ぶこと
人間は失敗から学ぶことができる。
しかし、同じ失敗を繰り返すこともある。 そんな時は、もう二度とという気持ちになる。 そこまでは、大体みんな一緒。 そこからが違ってくる。 本当に失敗しないように実行できる人とそうでない人だ。 もちろん、同一人物でもできる時とできない時がある。 それでも、できる人はできる。 特に、自分が窮地に立たされた時に出来るのと、出来ないのでは、 その影響の差は大きい。 ぐちゃぐちゃ言ってみたが、本当はやるかやらないだけだ。 出来る出来ないではなく、もっと自己に引き付ければやるかやらないかだ。 それは、自己の自由意思によって決定されている。 誰かが言った。 「一番だましやすい人間は、おのれ自身である」と。 未分類 Comment(0) TrackBack(0) Top↑ 2008.07.16 Wed自炊と弁当
最近、自炊ができていました。まぁ、自炊といっても大したものは作らない、いや作れませんが。一人暮らしもそれなりに長くなってきているので、本来ならばもっと作れていいはずですが、未だに学校教育の家庭科レベルです。料理センス×の上に一人ということもあり、あまりおいしいものではないです。それでも、いろいろな面で弁当よりはいいしなんとなく満足していました。
ところが、最近になってまた自炊できなくなってきています。どうも切羽詰まった問題が出てくると、自炊を怠けてしまいます。この問題を乗り切ったら、と考えてしまうあたりがダメなんでしょうね。ルーティーンワークにしなくては。と、そんな記事を書きつつ今日も弁当です。さて、来週からは自炊生活に戻すぞ!!それでは、今日はこのあたりで。今夜が山だ。明晩も山だ。 未分類 Comment(0) TrackBack(0) Top↑ 2008.07.15 Tue竹島問題
あまりにも雑で記事にしようか迷いましたが、15日付朝刊6紙の社説(産経は主張)を比べてみました。
読売:「竹島」明記は遅いぐらいだ 竹島の領有権をめぐる問題の解決は難しい。だからこそ、国民が正しく理解し、国際社会に日本 の立場を明確に主張していけるようにすることが大切だ。 朝日:日韓は負の連鎖を防げ 互いに主張し、違いがあればあることを認め合ったうえで、冷静に打開を図る。それ以外にない。 日経:先行き見えぬ朝鮮半島情勢 竹島は日本の領土である。領有権を守る大原則は譲れないが、日本側は「韓国との主張に相違 がある」との表現を盛り込み、韓国側に配慮した。竹島を巡る対立を大きな政治問題にしないよう、 日韓政府の努力を望みたい。日韓対立の激化は北朝鮮を喜ばすだけである。 毎日:竹島記述 領土問題は冷静さが必要だ 国民感情を刺激しやすい領土問題は、両国政府が外交の場で理性的に、粘り強く話し合って いくべき問題である。感情的な対立を繰り返しているだけでは何の解決にもつながらない。 産経:明確に「日本領」と教えよ 実際の社会科の授業では、こうした歴史的経緯を含め、竹島が歴史的にも法的にもまぎれもな い日本領土であることをきちんと教える必要がある。それが公教育というものである。 東京:明記 ここは冷静な対応を 領土問題は国民のナショナリズムを刺激しやすい。戦後の日韓関係の出発点である日韓国交 正常化の際、「竹島」は棚上げされた。先人の外交の知恵である。 と、少し読みにくいかもしれませんが、各紙社説の結語です。自分なりに読み直し一言にまとめると以下のようになります。 読売:話し合いのためにも日本としての主張をはっきりさせなくてはならない。 朝日:両国に冷静な対応を求める。 日経:両国とも朝鮮半島の問題として見るべきである。 毎日:粘り強い話し合いが必要である。 産経:竹島は明確な日本領であり、そう教育すべきだ。 東京:両国に冷静な対応を求める。 といった感じでしょうか。朝日、東京は冷静な対応をとし、毎日もその流れ。日経は、問題を大きく捉えている。読売は日本としての主張をしっかりしない限り話し合いは進まないとし、産経は固有の領土と明記すべきだという主張でした。 やはり産経の社説(主張)はしっかり押す、といった感想ですが、やはりちょっとバランス感覚に欠けますね。読み物としては面白いが、本当にそれでいいのかといった印象。朝日、毎日はバランスを気にしすぎているようで、読み物としては物足りない。日経は、問題をマクロに捉えるのが得意ですね。読売は、論点を日本政府の立場として絞り、バランスを取りながら押しているといった感じで今日の社説では一番よかった気がします。また、東京のバランスを取りながらの結語の皮肉、いいですね。 雑ではありますが、このような感想を持ちました。やはり、複雑な問題を短文で表現するときは思い切って問題をマクロに捉えるか(日経)、また焦点を絞って捉える(読売)と相手に伝わりやすいものになるのではないでしょうか。ただし、大衆紙としてのバランス感覚も重要なことだと思い、単純に甲乙つけるのは難しいですね。 未分類 Comment(0) TrackBack(1) Top↑ 2008.07.14 Mon便利の裏に
私はよくAmazonで書籍を購入するのですけど、非常に便利な一方で恐ろしいですね。自宅に居ながら本を買える、関連書籍を見つけやすい、本のレビューから内容を想像できる、中古で安く買える、など本当に便利です。しかし、一方では非常に危険です。気がつけば何冊もチェックしていて、選ぶのに困ります。そこから必要な本だけを選び買う、その際には図書館に行って本当に手元に必要な本か確かめる。また、図書館にないと迷う。これが結構手間がかかる。
そして、一番怖いのが料金の支払ですね。これには気をつけないと。自分はほとんどAmazonしか利用しませんが、これだけ便利になってくれば、ネットショッピングで破産なんて話が出てきそうなものですね。 未分類 Comment(0) TrackBack(0) Top↑ 2008.07.13 Sunちょっと運動したら
あまりにも運動してないので少し動いてみたら、もう体ボロボロです。これでは、翌日の日常生活に支障をきたすので、もう少し考えてしないと。
今日はこのあたりで。PCを起動させて更新したという記録。 未分類 Comment(0) TrackBack(0) Top↑ 2008.07.12 Satゲド戦記
昨日、金曜ロードショーで「ゲド戦記」が放送されました。宮崎駿の息子宮崎五朗のデビュー作と銘打ち、2006年に公開されたものの評判はあまり良くなかったですね。それでも、注目を集めた作品だったので、観てみました。結果、やっぱりイマイチでした。
まず、物語がぶつ切りであること。アレンの父殺し、彼が大事に持つ剣の役割、龍の存在、テルーの正体・・・など未解決の事柄が多すぎました。どうやら、原作を読んでいないとわからないのではないか、といった具合です。もしかしたら、観直すことによって、それらが解決されていくのかもしれませんが、どうもそうではない思いがあるのと、もう一度観ようという気が起きない映画でした。 そして、「ゲド戦記」最大の問題は、これまでの宮崎駿作品と比べられてしまうことでしょう。しかし、この点は十分承知のはずですから、今後に期待したいものです。その比較において、決定的に異なった点は、物語の重層性の有無だと思います。私の知る限りでは、宮崎駿作品では視聴者に観方を強要しないものになっていると思います。たとえば、「風の谷のナウシカ」は環境問題を取り上げているとテレビCMでは言っていましたが、それだけではないと思います。資本主義への疑問や個人の生き方など、様々な角度から物語を読み取ることができるのです。この重層性は、物語における登場人物やサブ・ストーリーがしっかり練られているところにあるのだと思います。しかし、今回の「ゲド戦記」は「命」がテーマであり、それ以外は見つからない。さらにいうならば、登場人物にくどくどと語らせている。はっきりいって、しらけました。また、奴隷の描写などもあるのですが、これがまたひどい。奴隷制社会をまったく理解していないとしか思えなかったです。確かに、これはやや専門的な視点からの指摘ですが、やはり練込みが足らないのだと思います。 と、長ったらしく批判しましたが、総括すると平凡な「浅い」作品でした。これに尽きます。また、成熟していな作品とも言えます。おそらく題材は素晴らしいのでしょうから、ちょっともったいないなといった印象を受けました。今後、父に負けずに頑張ってもらいたいものです。 未分類 Comment(0) TrackBack(0) Top↑ 2008.07.11 Fri人に伝えること
昨夜のブログの更新を見返してみると、ひどい文章です。元々、それほど文章力があるわけではありませんが、それにしてもひどい。句読点の打ち間違いや、「伝える気がないだろう」と言いたくなるだろうというような表現。反省です。確かに、途中「ああああああああああああ」と打ち続けるような状態だったので、あのような文章になったのは必然でした。反省の意をこめて、あの文章は残しておこうと思います。
昨日のブログの反省はこのあたりにして、今日の話題をひとつ。単純に、素直に問題を捉えるということの必要性についてです。最近、「本質主義」「社会構築主義」「脱構築」など日常生活ではあまり意図的に使用されない考えについて、考えさせられる機会が多く、それらのロジックの理解に苦しんでいます。ただ、これらは必要なことなのでしっかり向き合いたい、向き合わなければならないと思う反面、もっと単純に素直に捉えるとどういうことなのか、ということを少し考えさせられています。難しい言葉に踊らされずに、しっかりとそれ自体を捉え、考えていかなければならないのでしょう。また、難しいことを、簡単に表現する。これほど難しいことはない、と。そのためには、まず自身の理解を深めることが第一なのだろうと。 人に伝えるためには、なんとなくわかっているではなく、自身の理解を深めることからということである。先日、岩井克人『ヴェニスの商人の資本論』を読みました。最初の正直な感想は、この人(岩井克人)はやっぱり相当頭いいんだなぁ、といったもの。頭がいいなんて簡単な言葉で片付けてしまいましたが、なかなか形容しがたいものがあります。到底、氏の論文そのものを読み切ることは困難を極めるので、どうすれば難解な事柄を簡潔にわかりやすく表現できるか、という点で参考にしてみたいと思います。 未分類 Comment(0) TrackBack(0) Top↑ 2008.07.10 Thu睡魔が・・・
再開したばかりにこんな記事も残念な感じですが、眠いです。とにかく更新しようと思いつくことを簡単に一言づつ。
先日挙げたミクロとマクロの話。今日(7月10日)の朝日新聞のサミット記事のまとめ方は、よかった。その内容・取り上げ方の是非はさておき、非常に読者に親切な記事になっていると思いました。問題を分節化し、ミクロな視点での問題を取り上げながらも、全体像が見えてくるような記事になっていました、一つ一つの問題に言及しながら、森を見失わないようにしなければならない。その点で評価できると思います。 そして、どうでもよい話。昨日、小さな小さなバルコニーにハチの巣が出来ていること早朝に発見。20匹くらいはハチが群がっていました。とりあえず、驚きました。スズメバチでもないようなので(素人の浅はかな判断です。)、そのままにしておいてもたいして害はないと思ったのですが、これじゃあ、落ち着いて洗濯物が干せないなぁ〜と思い、最寄りの薬局へ。ゴキジェットのハチ版のようなものを買い、いざハチ退治。朝に発見し、夜に退治したのでボトボトというハチが落ちてきているのだろうという感じで、どれくらい倒せたのか確認できませんでした。しかし今朝、見てみたら、それはもうビックリ。落ちたいた死骸はたいしたことなかったのですが、幼虫の数に驚きでしたよ。 それでは、タイプミスが多く、なかなか打ち込みが進まないのでおやすみなさい。 未分類 Comment(0) TrackBack(0) Top↑ 2008.07.09 Wedメディアの怖さ
昨日、古くからの友人がちょっとしたことでテレビに映っていました。そこで、また改めて考えさせられたことを一つ。
放送において、その友人の発言は、「(私が制作しているものは)今の社会には受け入れられないものですが・・・」といった文脈で伝わってきました。※ここでの()は私自身が番組での文脈で補った個所になります。ちなみにこの時に映っていたのは、制作物です。 言葉が途中で切れてしまっていたので、気になり電話で確認した所、意図していたことは、「(私が制作している対象物は)今の社会には受け入れられないものですが・・・」という発言だったそうです。制作物しか映らなく、その後の発言がカットされたことから、彼の発言は彼の意図とは異なった先にあげたような解釈で放送されてしまいました。これは彼の言葉が足りないのではなく、編集によって発言内容が「歪曲」されてしまったわけです。たしかに、「歪曲」とはやや大げさかもしれませんが、本人が真剣であればある程、また問題が深刻であるほど、このような「メディアの切り方」は大きな危険性をはらんでいます。 このようなことは何処でも言われていることですが、実際に身近な問題として感じると、改めて「事象を切る」側の重要性なんてものを考えさせられました。これはもちろんテレビだけでなく、新聞や雑誌での書き方でも同様の問題であると思います。 考えてみたこと Comment(2) TrackBack(0) Top↑ 2008.07.08 Tueミクロとマクロ
昨日から、ブログ再開とともに、いえ、サミット開催とともにブログが再開されました。さて、今回のサミットなのですが、様々なテーマについて話し合われるようです。そこで、今回はミクロとマクロについて、少しばかり考えてみました。当然のことながら、突然、ミクロとマクロと言われても意味がわかりません。ここで扱うミクロとは、ミクロな視点での議論、マクロはその逆になります。
物事を捉える際に、その捉え方というものが「思考」の最初の一歩になる。身近な例で例えるならば、朝食は米かパンかという問題をミクロにすれば、朝食は納豆ごはんかトーストか、というようになり、マクロにすれば、和食か洋食かというようになる。もちろん、この他にも捉え方の変化はあり、その捉え方は多種多様なものだ。ともすれば、単純にミクロ化、マクロ化なんてものは言えなくなる。しかし、このミクロ化とマクロ化は物事を考える際に非常に役に立つ。さらに、このミクロ化とマクロ化は、具体化と抽象化とも言えなくもない。ただ今回は、ミクロとマクロという言葉を使うことにする。 さて、今回の洞爺湖サミットにおいてこのミクロをマクロはどのような関係になっているのだろうか。無謀ながらも図式化してみた。と、書こうとしてみたところ、やはり手に負えないので、「環境問題」を中心に図式化してみる。 ミクロ マクロ 排出枠 二酸化炭素 地球温暖化 環境問題 洪水、干ばつ 異常気象 と、簡単に挙げてみたが、これを見て疑問を持つ読者も多いだろう。私自身も疑問だらけである。例えば、排出枠をミクロ化さえていけば、経済の問題になり、それは環境問題のマクロ化ともとれる。つまり、問題は極めて複雑なものとなっているのだ。先に問題のミクロ化とマクロ化の重要性を指摘したが、そう単純なものではないと、またスタート地点に戻ってしまった。それでも、このミクロ化とマクロ化は重要である、と再度強調したい。なぜならば、ミクロな議論なしに物事を捉えきることはできない。そして、ミクロな問題は必ずマクロな問題に繋がってくるからだ。 私の最大の主張は、物事を捉える際にどの視点に立つのかということを明確にしなければならない、ということだ。ミクロな視点の議論の際にマクロな主張をすれば、当然議論は進まなくなる。その逆もある。新聞やテレビでの報道において、どの次元での話なのかを押さえて、考えていかなければならない。また、新聞の社説やテレビのコメンテーターもその点を押さえてもらいたいと思う。最近、よく目立つのがテレビでの「グローバリズム」という言葉の使い方だ。現代において、この「グローバリズム」が問題なのは明白であり、そこにポスト・モダンの可能性があることは疑う余地もない。しかし、全てをこの言葉で簡単に片付けないでもらいたい。さらに、「グローバリズム」なんて言葉はそう簡単なものじゃないだろう。現代社会において、問題が複雑であるからこそ、このミクロ化とマクロ化を上手く使い分けていかなければならないのだと考える。 考えてみたこと Comment(0) TrackBack(0) Top↑ 2008.07.07 Mon七夕の夜に
2ヶ月も更新さぼってしまいました。その間、何人かの友人から「あれ?ブログどうなってるの?もう飽きたか」など問われたりもしましたが、更新できていませんでした。その理由云々は、たいしたものでないので割愛。ただサボってただけです。さて、洞爺湖サミットも始まったことですし、今日から再開したいと思います。
今夜は星は見えませんでした。皆さんの地域では彦星と織姫は無事会うことができましたか?自分の人生において、圧倒的にこの二人が会えない夜が多いような気がする。まぁ、どうでもいい話ですね。 今日はサミットが始まったとのことなので、サミットの話題でもと思いましたが、いきなり気張りすぎてもまた失速しそうなので、ちょっと感動したことを。 ウィンブルドン男子決勝です。普段はあまりテニスを観る機会はないのですが、ふとつけたテレビでやってたこの決勝。途中雨による中断もありましたが、なんともエキサイティングなゲームでした。最長時間を更新する、あるいは28年ぶりにクレイコートと両方の優勝という表面的なものだけでなく、その内容においても歴史的な一戦だったのではないでしょうか。三度目の正直なるか挑戦者ナダル、迎え撃つは芝の皇帝と称される同大会5連覇中のフェデラー。試合内容・技術面に関して素人が書いても興ざめものなので、違った視点から少し感想を書きたいと思います。 何といっても、両者の強靭な精神力に惹かれました。特にフェデラーの心の強さには驚愕しました。2セット先取され、あとがない場面(ナダルのチャンピオン・ポイント)で、2度も退けたことはもちろんのこと、ここぞという場面での集中力・王者としての絶対の自信には「こいつ人の子か?」と思わせるほど。是非、見習いたいものです。そのためには、まず自力をつけることからですね。 更新の記録 Comment(0) TrackBack(0) Top↑ | HOME | | |
|
Template by まるぼろらいと / ホームページ
アフィリエイト レンタルサーバー FC2ブログ Copyright ©思考と休憩の日記 All Rights Reserved. | ||